#oshiro/城郭記
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Author:#oshiro
―城郭数寄者
城郭(最近は近世が特に…)と数寄建築・茶の湯が好きで、各地のお城や茶室を巡っています。中世城郭も好きですが、今は写真メインで巡ることが多く、土造りの城より石垣が築かれた城に足を運んでいます。
[注意!!]元々理系なため、文章がメチャメチャ下手糞です。と、ここで保険をかけておきます。



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虎姫時遊館
#37 虎姫時遊館 【小谷編】

虎姫駅から途中、神社や史跡に寄りながらのんびり歩くこと
25分くらいで虎御前山南麓にある虎姫時遊館についた。

前回の記事で述べた丸山古墳。その古墳脇に虎姫時遊館は併設?されている。
何故ここに来たかというと虎姫時遊館には虎御前山城についての展示がある
と本で見つけたので、虎御前山登城前に行くことにした。

虎姫_0685
▲虎姫時遊館外観

ちなみにこの日は平日。上記の理由だけならわざわざ平日の日に行かなくても
と思うだろうけど、ここに入れるのは平日のみ。入場は無料で入れるとのことだが、
土日祝日は閉館している。

なんとサラリーマン泣かせな施設だろうか。

でも、休館日を調べていて良かったと思う。
もし、土日来て開いてなかったらヘコんでただろうし…

入るとすぐに受付があり、その日は最初の客だったのか、
わざわざ受付の人が外まで出てきて迎えてくれた。

自分の格好を見て、虎御前山城に行った人だと思ったのか、「もう登ってきた?」
って聞かれたが、「いやこれからです。」と答えた。
(そんな汚い格好してたかな…)

すると、館内に入って右奥にある交流サロンに通された。

他愛のない会話を少しし、最後にどうぞごゆっくりしてってくださいと
おじさんから声をかけられ、返事をするとおじさんは受付へと戻っていった。

交流サロンでは、虎御前山で発掘?されたものが展示されていたり、
元亀年間における織田信長と浅井長政の争いについての解説が大半を
占めている。

P1050526.jpg
▲交流サロン館内

前回の記事に出てきた虎姫時遊館横にある丸山古墳及び虎御前山
周辺地域より出土したものがあるので、一つ一つ見ていると、

P1050456.jpg

“ヤヨイ前”。何このアバウトな書き方…
突っ込みたいけど、まぁ内に秘めておくか。

ちなみに、なぜ「発掘?」なんて表現したかというと、これと同じように
他の陳列物には“昭和○年どこそこで拾う”なんて書かれ、ペッと
貼り付けられている。

なんか癒される。他の資料館と違い、見ていて気疲れしない。

でも、そういうことが出土物っていうものなんかな。
城跡でも、落ちてある遺物を持ち帰ると文化財保護法だっけ?
にひっかかるもんねぇ…

安土城で歩いていると、金箔瓦が落ちているってどこかで見たのは
あれは本当だったんだろうか。聞いたときはマジで?なんて思って、
ちょっと内心『持ち帰りたい』なんて邪心を抱いた。

他の解説は、これほどアバウトではないにせよ、ほとんど手書き。
無料の施設だし、どこが経営しているんだろうか。ふと疑問に思った。

上を見ると、『在りし日の丸山古墳』と題した写真が飾られており、
畑の奥に木々で生い茂った場所がドンとある。前回の記事で書いた
丸山古墳の規模では全くない。木で埋め尽くされて形状は分からない
が、かなり大きい規模だというのが分かる。ということは破壊されて
しまったということか。

壁には虎御前山城に布陣した各武将(一部)の説明や、姉川の戦いから
小谷城落城までの推移を分かりやすく展示している。

武将の説明では、堀秀政が面白かった。解説が面白いわけじゃなく解説脇に
肖像画が描かれているんだけど、その絵がウケた。えぇ~って思うほどに。
福井長慶寺蔵と書かれているが、どこかの資料館に複製でも展示されて
いないだろうか。一度見てみたい。

P1050474.jpg
▲館内中央にあるジオラマ

部屋の中央には小谷周辺のジオラマがあり、小谷城・虎御前山城
対陣関係が分かると共に布陣した武将の名前がついていて把握しやすい。
これを頭に入れて現地に赴くと、より一層理解が深まっていいと思う。

空撮した写真は本や資料館で見れるけど、それはあくまでも平面であって、
立体的ではない。こういったも模型を見ることで、高低差などが分かって
非常に役立つ。

写真右上にある山が小谷城、中央のカブトガニみたいな形をした山が
虎御前山城(立札が乱立しているところ)。そこから左上に山脇山に陣
を敷く明智光秀の名前が見える。

こうして見ると、虎御前山は小谷城攻めにもってこいの山だったって
事が分かる。小谷山と虎御前山、その山裾間はたったの400メートル。

他には特に良かったのが、虎御前山城の縄張図
事前に入手していたものは『図説中世城郭辞典』の各陣地の縄張図
だったが、ここには主要人物の陣地縄張図が1つずつ描かれたものがあり、
解説つきで大変参考になる。

作成者は長谷川博美さん。
お城について調べていれば、一度は名前を見かける人。
親子で城郭研究をやられていたらしいが、今は父親が亡くなられ、
その意思を継ぎ、城郭研究をやられている。(鎌刃城まつりでは、
この方が解説を務められ、初めて見たときは優しそうな人だなと
思ったが、ある本を見ると坊主に口ひげ、同一人物か?って疑う
くらいのインパクトがあった。)

先ほどのジオラマ前には年表がある。それは山内一豊の年表で功名が辻
と書かれている。えっ?これ大分前の大河だし、なぜこれが?江じゃないの?
と思って、よく読んでいると、一豊は秀吉に従って出陣し、この近辺の虎姫町
400石を得たんだとか。なるほど、どおりでコレがあるわけなのね。
(ちなみにこの年表では浅井長政自刃の日が8/28になっていた。)

そうかそうか観光マップを見ると、一豊の史跡がいくつかあったなぁ~
それに田村駅(長浜市)前には一豊と千代の像もあるしね。

ジオラマの上には、“千代の手づくり小袖”が置いてあって、
ここは功名が辻の時の展示のまんま変わっていないんだなぁ~
って思った。

あと、物珍しいものとしたら小谷城攻めの際に信長が、宮部城から
虎御前山城まで築いた軍用道路の名残があるという道の位置かな。

その名残があるというのは、長浜みーなを読んでいて知っていたが、
どこにあるかまでは把握していなかった。なので「ココ!!」っていう
地図付きの解説はありがたかった。

もっと他にも「へぇ~」って思うような展示があるんだけど、
ここで得た情報はおいおい記事で取り上げることにするかな。

自由研究で浅井氏についてまとめた小学生の展示物があった。
数枚の模造紙に家系図や歴史、小谷合戦についてまとめてある。
作っていく工程を写真に収めたノートもそばに置かれていた。

P1050503.jpg

小谷城の模型?まで造っているほど。

P1050511.jpg

非常に良く出来てる。発泡スチロールで出来ているんだろうか…

後々知るけど、浅井氏のふるさと読本なんてものがあり、浅井氏が地元で
親しまれているのかもしれない。(この地の郷土史家がわざわざ小学校など
を訪問しているなんて話もこの後聞くことになる。)

虎御前山のガイドブックも500円で販売されていたけど購入はしなかった。
なぜか興味が引かれなかった。(もうちょっとこう興奮するような内容だったら…)

帰りがけ、和室の方を覗いてみた。

甲冑が2つほど置かれている。内の1つをよく見てみると、

P1050535.jpg

旗指物に“丸に三葉柏”の紋があり、山内一豊って書いてある。

ここの人たちは一豊好きなのか?って思うほど、一豊一色。
お金がなくて展示物を替えれないんだろうか。

この展示内容だったら、100円くらい取ってもいいけどなぁ~
って思いながら、虎姫時遊館を後にした。(ケチすぎるかな?)

次回、虎御前山城攻城記へと入ります。



To Be Continued...



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テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術




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