#oshiro/城郭記
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Author:#oshiro
―城郭数寄者
城郭(最近は近世が特に…)と数寄建築・茶の湯が好きで、各地のお城や茶室を巡っています。中世城郭も好きですが、今は写真メインで巡ることが多く、土造りの城より石垣が築かれた城に足を運んでいます。
[注意!!]元々理系なため、文章がメチャメチャ下手糞です。と、ここで保険をかけておきます。



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二条城-8
【二条城-8(Date:2011/12/24)】

北中仕切門をくぐり抜けた後に、すぐ庭園がある。

IMG_3225.jpg

まず足元に見えてくるのが、龍安寺の小さい版みたいな庭石。
加茂七石と呼ばれる。

IMG_3229.jpg

城内北側にある庭園。
庭は池泉廻遊式の和風庭園部分と、芝生を主体とした洋風庭園部分からなるというが、
庭に詳しくないから二ノ丸庭園同様、よく分からなかった。
二ノ丸庭園より少し狭いか、同等ぐらいの広さ。

清流園(下写真石碑)と呼ばれる庭で、江戸初期の豪商・角倉了以の屋敷から
建物の一部と庭石800個を移築したものとある。

移築した建物というのは上の写真に写っている園内中央の香雲亭

さらにこの左(西側)には茶室があり、これらは昭和四十年に完成したというから、
築城当時の遺構ではない。
それでも二条城にマッチしている。

ちなみにここ、大正天皇御大典殿舎跡なんだとか。

ところで、これまでの記事で取り上げていない城門が二条城には存在する。
(写真が残っていないので掲載不可)

それは何かというと、南門(二ノ丸にある城門の一つ)と呼ばれる城門で唐門近くにある。
外堀外側から見る分には立派な城門なんだが、これ家康・家光築城期の門ではない。
出来たのはいつ頃かと言うと、上で述べた大正天皇即位の年。

なので南門は城門として違和感ないが、築城期の遺構ではない。
また、話が逸れてしまった。

IMG_3239.jpg
▲清流園の碑(写真の右奥に北大手門が見え、横にはまだ紅葉した木がある)

進んでいくと、北大手門の南側が見える位置にたどり着く。

IMG_3240.jpg
▲北大手門

遠っ!!ここから先に行けなかったので、またまたカメラでズーム。

IMG_3242.jpg
▲北大手門拡大図

ズームすると、様子が分かる。
門扉は閉じていないが、その向こうは柵があって、城内には入れないようになっている。
一応、守衛所はあるようだが…
東大手門同様、慶長創建時のもの。
だからか、東大手門と城内側の造りはほとんど同じ。

北大手門の横に気になる建物が。

IMG_3243.jpg

何、この建物は?
用意してた縄張図に載っていないぞ。と思いつつ、横に看板があるので、
見える位置まで歩くと、

IMG_3244.jpg

放鷹術
あぁ~これツイートで見た放鷹術の実演をするところかぁ~!!
1/7にあるんだ。見てみたいな、面白そぉ~
家康が好きだったという鷹狩り。その実演を行う場所はここにあるんだねぇ~
諏訪流とあるから、いくつか流派があるんかな?
これって、いつ頃からここにあるんだろ。と思っていたら足元に何か書かれていた。

IMG_3245.jpg

読めない…ので、諦めた。
ここも中に入れないようになっている。

順路通り、歩くと『展示・収蔵館』はこちらです。
という看板がさりげなく置かれている。

少し進むと、見えてきた。

IMG_3253.jpg
▲展示・収蔵館前にある看板

案内に従って、展示・収蔵館に入るが、ここは別料金。
100円の入場券を購入し、中へ入った。(ここは入城券ではなかったような......)

中へ入ると、最初のスペースで発掘調査の結果が展示されていた。
ここで、前回までの記事で何回か書いてきた家康築城期の石垣が
南中仕切門前で発掘されたことを知る。
えぇ~そうなの?知らんかったぁ~知ってたら、もちろん地面を撮影しとくのにぃ~
(地面を撮影することに同意する人はあまりいないと思いますが、自分はこのとき思いました。)

これがあまりにもショック(?)だったので、他にも展示されていたが、
内容を忘れてしまった。
確か、平安京の遺構が出てきたとかなんとかかんとか。
確か、先ほどの放鷹術を披露する場所で平安京の庭が見つかったとかっていう展示だったような…
(ごめんなさい、正確に思い出せません。)

そこからは自動ドアでさらに奥へ進むことが出来る。
自動ドアの先は、目玉の“障壁画”が並べて展示されている。

ほぇ~と唸るほどまばゆい一室だった。

入り口には修復や展示の方法についての解説が書いてあった。
また、二ノ丸御殿の障壁画を描いた狩野派絵師の担当者の説なども書かれていた。
狩野興以が白書院の作者とされていたが、近年では永徳の末弟・長信
作者とする説が有力とのこと。

この時、展示されていた内容は「将軍の居室・白書院
白書院という名は、明治以降つけられた名で、往時は「御座之間」と呼ばれていたんだと。
一の間とニの間の障壁画が三方に展示され、各解説もついていた。

二ノ丸御殿で見た白書院の障壁画は、他とは違い
金箔を使わない水墨画で描かれた静かな感じの書院だった。
それが、ここでも同じようにして見れるが、照明が明るく二ノ丸御殿より
はっきりと、そして真近で見れる。

反時計回りに見ていく…

>今回展示している白書院一の間・二の間の障壁画には、そびえたつ山々を背景にいた水辺の風景が
>描かれています。こうした特徴的な地形や、人物の服装や建物が唐風(中国風)であることから、
>この風景が中国浙江省杭州市に実在する湖、西湖の周辺を描いていることが分かります。西湖は、
>古代より、その風光明媚な風景が親しまれ、教養ある文人達が、隠遁して悠々自適な生活を送った
>場所として有名です。日本でも、室町時代以降、中国から伝わった絵画や版本を手本にして、西湖の
>絵が描かれるようになりました。
>「御座之間」とは、館の主人の居間であり、休息する場所です。ただし、寛永十一年(1634)に二ノ丸御殿
>あるいは本丸御殿の「御座之間」で、三代将軍、家光が御三家と対面したという記録があることから、
>極めて近しい間柄であれば、「御座之間」で対面することもあったようです。このような、徳川家の
>威光を、他者に見せつける必要のない場所であるからこそ、落ち着いた趣のある水墨画技法によって
>静かな湖の風景が描かれた、と言えるでしょう。この場所で、二ノ丸御殿の主人である将軍が、西湖
>という遠い異国の風景に思いを馳せてくつろぐことがあったかもしれません。しかし、翻って見れば、
>水墨画技法によって西湖を描くことは、これらの部屋が、深い教養を持った人物である将軍のための、
>最も格式の高い場所であることを示している、とも言えます。(以下略)
(展示・収蔵館リーフレットより抜粋)

現説版にも、このように書いてあった(が、正確には思い出せないのでリーフレット参照)。

なるほど。将軍が公務を終えて、私的な空間・白書院に入る。
その白書院の障壁画を西湖の絵にすることで、プライベートな空間にいる将軍を西湖に隠遁した
教養ある文人達と同じように見立てた?と思っていいのかな。

展示の内容は期間ごとに違うので、次来たときは別の障壁画が見れるかも。
と、思うとまた再訪したくなった。

展示・収蔵館を出ると目の前に土蔵(下写真)があり、その奥には二条城二ノ丸御殿台所がある。

IMG_3250.jpg
▲展示・収蔵館前にある土蔵

が、写真を見ての通り奥へと進めないようになっていたので台所を近くで見ることが出来なかった。

台所って、よく家にある台所と思うかもしれないが、お城では超巨大。
(縄張図を見る限りでは)

立地としては、最初の頃の記事で述べた二ノ丸御殿の遠侍の後方に建つ。
二条城の台所は、台所本体と御清所(おきよどころ)の二棟(縄張図を見るとつながっている)からなる。

内部は見ていないが、天井を張らずに巨大な梁を見せた造りになっているらしい…
現在は独立した建物だが、元々は二ノ丸御殿と廊下でつながっていたとか。

2899.jpg
▲展示・収蔵館前にある建物(収蔵庫?)

収蔵庫裏(上写真左隅)に台所がちらっと見えるんだけど、
こちらも行けないようになっていたので諦めた。

収蔵庫脇からは、最初に立ち寄った無料休憩所(二条城の記事2で述べた)に
再度立ち寄り、グッズ売り場を見た。
二条城内の売り場だが、二条城のグッズ以外にも京都関連グッズが充実していた。
鹿苑寺に舞妓さん、坂本龍馬などなど。
家紋入りの扇子なんかもあったなぁ~

自分へのお土産としては、金の栞(今では小説を読む際に使用している)。
親へはマグネットの3個セットを購入。
相方と集めているお城のクリスタルは、二条城では隅櫓だったので購入は見送った。
なぜ、二ノ丸御殿じゃないんだろぉ~二ノ丸御殿だったら即買いだったのに…
でも、今では購入しておけばよかったかなと後悔。次回行ったときには購入すると思う。
クリスタルの他には、マグネットもお城に行ったら購入するグッズの1つなので、
二ノ丸御殿型のマグネットを購入した。

さらにお城や観光名所などに置かれている茶平工業の記念メダル(←クリックするとサイトへ飛びます。)
これは、以前来た時に買った絵柄と同じだったので、非購入。
たまに絵柄が追加されてたり、新調されてたりするので要チェックなわけだが、
二条城では更新されていなかった。
(姫路城はよく追加されるし、大坂城や名古屋城にはディズニーモデルが追加された。)

さて、お土産も購入できたし、ホクホク顔で休憩所を後にし、
出口(東大手門)を目指す。
東大手門は最初入った時に見学は終わってたし、そのまま素通り。

土橋を渡り終えると、最初に半券を切る門番があるんだけど、その裏側は今回初めて見た。

IMG_3254.jpg

おぉーっ!!ここにも浮き輪がぁ~
あっ、なぁ~る。
最初に見た西橋近くの浮き輪は、本丸を囲う水堀(内堀)で溺れた人用で、
今回のこれは二ノ丸を囲う水堀(外堀)用だなぁ~?
と勝手に推測。

というわけで、2011/12/24の二条城攻城はこれで終了♪

将軍上洛の際の宿泊所として築城された二条城いかがでしたでしょうか?

縄張図を見れば、整った方形が2つ組み合わさった輪郭式となっていて、
やっぱ、山城!!と思う方にとっては、面白くないと思うかもしれません。
しかし、宿泊所なのに本丸・二ノ丸を備えた城郭として機能し、随所には防御施設あり。
城という名が付くだけあって、御殿の豪華さだけではなく城本来の魅力も兼ね備え、
見所いっぱいです。

二条城は昨年(平成二十三年)から修理工事が始まりました。
この文化財建造物の大修理は、約20年続くそうです。

現在、二条城では修理にあたり一口城主募金を募られています。
もし、思うところがあれば自分のため後世のため伝えていくために、
少しでも支援していただければ幸いです。
※詳しくは世界遺産・二条城一口城主募金(←クリックするとサイトへ飛びます。)をご覧ください。
寄付が厳しくても、足を運ぶだけで拝観料が寄付へとつながるかもしれません。
この記事が、足を運ぶキッカケになれば幸いです。
[注意!!]私は二条城の回し者ではありません。逆に寄付している側です。まだ、小額ですが…

最後までお読みいいただいた方、ありがとうございました。


To Be Continued...



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テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術


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