#oshiro/城郭記
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Author:#oshiro
―城郭数寄者
城郭(最近は近世が特に…)と数寄建築・茶の湯が好きで、各地のお城や茶室を巡っています。中世城郭も好きですが、今は写真メインで巡ることが多く、土造りの城より石垣が築かれた城に足を運んでいます。
[注意!!]元々理系なため、文章がメチャメチャ下手糞です。と、ここで保険をかけておきます。



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小谷寺
#02 小谷寺 【小谷編】

小谷寺

小谷城へ行くにあたって、山王丸(小谷城にある曲輪の一つ)にあった山王社
このお寺にあると知ったので行きたいなと思った。

それが始まり。

西へ旅するときは滋賀で乗り換えることが多いので、駅構内で
頂戴した観光ガイドや本などで、小谷寺は事前予約が必要と書いてあった。
なので、数日前に電話したら、よくある事なのか、またかといった感じで対応された。

「ご開帳の時しか、中には入れないんです。ご開帳は先日終わりました。
なので現在予約は受け付けていません。外観は自由に見てもらって結構です。」だって。
(参拝自由って書いてあって、要予約と書いてあることに疑問を持つべきだった…)

まぁ、そう言われたら、しゃーないやね。
外観だけ見学しようと思い、今回行くことに。

博覧会から東本町跡、西本町跡の石碑を経由して少し走ると、小谷寺へと続く道に着く。
道の入り口にはちゃんと案内板があった。

IMG_0489.jpg

この案内通り、道をまっすぐ進んでいく。
(奥に行けば行くほど紅葉していた)

IMG_0490.jpg

奥へ行くと、駐車場がある。
そこに自転車を泊め、見学していくことに。
駐車場の敷地に隣接、というか駐車場内にあると言っても過言ではない位置に
小谷神社がある。

IMG_0491.jpg

この小谷神社は、元々小谷城山王丸にあったもの。
曲輪中央に、この山王社(山王権現)が祭られていたが、
現在は小谷寺の一角へ遷座している。

天正十九年(1591)の「称名寺文書」で、山王の存在は確認できるとのこと。

現説版には、
>小谷城落城後、北谷に遷座した。その後幾度か場所が変わり
>昭和四十九年に当地に移された。
とある。

写真を見ても分かるように、規模はそんなに大きくない。
6畳もない大きさだったかな。最初見た時は、「ちっさ!!」と思った。
現存というわけでもなさそうな感じ。外観は明らかに材料が真新しい。

で、社殿の裏側に回ると、石積みが存在する。

IMG_0494.jpg

さて、駐車場は小谷寺へと続く道脇にあったことから、
元の参道へと戻ることに。

ちょうど駐車場入口に『小谷山森林公園』の案内板があった。
>(前略)
>小谷寺は寺伝によると、泰澄上人の開基で初め常勝寺と称しましたが、
>初代浅井亮政の帰依により祈願所となり、小谷寺と改称いたしました。
(現地説明板より)

さらにその脇に、『如意輪山小谷寺境内之図』という図があった。
こちらは解説がさらに詳しく書かれている。
開基したのは、神亀五年(728)とある。古っ!!結構昔からあんだなぁ~
さらに続けて、
>もと北谷にあり、落城の際全焼。その後、豊臣秀吉、徳川家康より寺領四十四石の
>朱印を受け再興した。古様を有して名高い本尊如意輪観音、孔雀紋馨(重文)、両界曼荼羅
>などすぐれた寺宝が多い。

山王社と書かれた建物は、先ほど駐車場で見た小谷神社とは
別の場所(北谷)に建っている。

先ほどから何回か出てきている北谷地区とは、
この小谷寺がある場所からさらに小谷山へと近づいた場所(小谷寺から北)になる。
ちょうど小谷城主要部曲輪郡がある尾根東の谷あたり。
(博覧会期間中、ふるさと館が置かれていた場所の奥にあたる)

プリントアウトしてきた小谷城下町(最終段階)の図には、北谷地区から小谷城に向かって
延びている常勝寺坂の字が見つけられる。

寺宝はこの前、ご開帳したときに見られるのだろうか…
(後で知るんだけど、本尊如意輪観音は作家のみうらじゅん氏が
自書の中で観音信仰の中でもっともチャーミングな仏様であると書かれていると
小谷寺のパンフにあった。みうらじゅん氏って御朱印集めでも有名な人じゃん。
このお寺さんにも来たのか。)

絵図を見ていて思うのが規模が大きいということ。
先ほど通ってきた参道脇にも寺院が存在していたらしい。いくつかは跡ってあるけど、
それでも成就院・身性院跡・明蔵院跡・円蔵院跡・普門院跡がある。

すると、車を駐車場に泊める人がいた。その人は小谷神社へ挨拶し、続けて
参道から小谷寺へ向かって一礼して小谷城方面へ歩いていく。よく見てみると、
その方はボランティアガイドの人だった。

なるほど、ボランティアガイドの人たちは、ここに車を泊めて行かれるのか。
小谷寺への挨拶は毎日かかしていないんだろうなぁ~

さて、話が逸れてしまったので、元に戻ると、

IMG_0499.jpg

説明板の後ろに梵鐘があった。下は石積みが築かれている。

>(前略)
>江戸時代初期・承応四年(1655)の年号と願主の盛教をはじめとする
>多くの僧俗血縁者、作者である蒲生郡八日市釜座の大塚善左衛門、
>藤原重正の名が記されている。
>八日市釜座は中世以来の伝統を有する近江の代表的な鋳物師集団である。
>鋳上がりが良く、県内でも比較的少ない近世初期の梵鐘楼として貴重である。
(現地説明版参照。)

へぇ~石垣集団・鉄砲集団以外に鋳物集団が近江には存在するのか。

梵鐘脇には、門がある。

IMG_0503.jpg

山門脇の大きな松の切り株は、お市の方お手植えのものと伝えられていると
調べていたが、

IMG_0504.jpg

これ、切り株じゃないじゃん。
というのも、見学していた時は、『切り株』っていうことをすっかり忘れていて、
間違って、切株じゃない別のものを撮ってしまった。

が、幸か不幸か、切り株が上の写真左下隅にかろうじて写っている。
これであってんのかなぁ~

IMG_0508.jpg

浅井氏三代の祈願寺・小谷寺。

合掌後、パンフレットと先程見た絵図が描かれた紙が本堂に置かれていたので、頂くことにした。
御朱印やっています。とあったが、人の気配がしないので、諦めることに。

パンフには、
>大永四年(1524)ごろ、浅井亮政が小谷山の上に城を築きました。この時、寺領交換が行われ、
>六坊一山全部北谷地区に降りてきたようです。(中略)
>天正元年(1573)、小谷落城の時、お寺も本尊以外はことごとく焼かれてなくなってしまいました。

おっ、六坊って小谷城跡にもあるよねぇ~
でも、小谷城六坊跡って、(下調べの段階では)むしろ逆に寺院を集めたってあるから、
ここで言う六坊とちょっち違うのかな。

さて、小谷寺には浅井長政の墓が裏にあると調べていたので、
本堂の裏手に行った。

しかし、多くの墓があり、どれか分からない。
スマホで検索してみたが、サッパリ分からない。

これも諦めて、元来た道を戻り、絵図に見られる鎮守(稲荷)まで登った。
こっちの方にお墓があるかも?と期待したが、それらしいものは見つからなかった。

帰りがけ先程の絵図を再度見てみると、“墓”ではなく“塚”と書かれている。
あぁ~そうなのか。徳勝寺のお墓一つだけで、ここは塚なのかぁ…
しかも場所が山上を指しているので、諦めた。
(小谷山森林公園の案内板には塚と思われる絵の場所までのルートが書かれていた。
行くとしたら、結構な山歩きになるかもしれないので行かれる方はご注意を)

次回、再チャレンジしたいことだらけの小谷寺見学が終了♪

小谷寺を後にし、次なる目的地へ

■後日追記--------------------------------------------------------------

この小谷寺の記事をUPして数日後、『長浜みーな』を
読んでいたら、大事な内容が書かれていたので、早急にこの場に
追記することにした。

上の本文最後の方にある“お市の方お手植えのもの”について。

『長浜みーな』の大事な内容は何かというと、
山門脇にある“お市の方お手植えの松の切り株”とされるものは、
全く史実と相反するものだということ。不正確な情報がインターネット
などを通じて広まっており、史実と後年の創作とが混同されたまま全国
に発信されていて困惑していると本の中で語られていた。

理由はというと、まず年輪の数を数えても時代が合わないということ。
また、小谷寺が北谷から当地に移って再建されたのは、お市の方が北ノ庄
で亡くなって10年後の文禄2年(1593)のことで、お市が訪れたのはあり得ない
ことだとある。

あぁ~なんでこんな単純なことに気づかなかったんだろう。

マズった…
自分も間違った情報を全国へ発信する一役を買ってしまった。

何でもかんでも鵜呑みにするのはよくないな。

手植えの類の話は他の場所でもよく聞くけど、
おおかた後世の創作話だと思ったほうがいいのかな。

というわけで、“お市の方お手植えの松の切り株”というのは
創作です。お気をつけください。

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To Be Continued...



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