#oshiro/城郭記
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Author:#oshiro
―城郭数寄者
城郭(最近は近世が特に…)と数寄建築・茶の湯が好きで、各地のお城や茶室を巡っています。中世城郭も好きですが、今は写真メインで巡ることが多く、土造りの城より石垣が築かれた城に足を運んでいます。
[注意!!]元々理系なため、文章がメチャメチャ下手糞です。と、ここで保険をかけておきます。



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須賀谷館跡
#03 片桐且元公居館跡 【小谷編】

小谷寺から、早馬で次の目的地へ。
小谷城攻城が主目的だが、小谷城からは離れていく。

前回にも記述した大きな道路に出る。
この道は現在、国道365号線として車が往来している。

IMG_0576.jpg
▲この写真は、右手に小谷城がある角度から撮影。

現在では、浅井三姉妹街道なんて名付けられている。
ここを南へ下って行けば、姉川古戦場跡へ行き、
さらに南へ下れば、浅井が国境守備に築いた苅安城にたどり着く。

この365号線を少し下って行くと、看板が見えてくる。

IMG_0518.jpg

須賀谷温泉の看板。
なので、ここでも迷うことがなく、山裾に向けて曲がる。

近くで看板を見てみると......

IMG_0572.jpg

“戦国の美女お市も入浴した須賀谷温泉
これが売りなのだろうか…

事前の下調べでも、お市の方が湯治に訪れたという名湯と書かれていた。
貧血・冷え性・胃腸病などに効能があるという。
女性には持ってこいの効能。
もしかしたら、お市様も貧血・冷え性などの悩みを抱えてたのかもしれない。
本当に美女なら、テンション上がるけどねぇ......

見上げると、次の目的地の看板があった。

IMG_0520.jpg

そう、次の目的地は『片桐且元の出生地』。

自転車で数分走ると、須賀谷温泉が見えてくる。
中からちょうどお客さんが出てきたところだった。

一応、人は来ているんだなぁ…
駐車場には、観光地らしく顔を入れて記念撮影するパネルまである。

IMG_0525.jpg

長政とお市、そして三姉妹......
あれ?男の子がいない。
まぁいいか、いなくても。撮るわけじゃないし。

ちなみに、先ほどの説明に付け加えておくと、
この温泉には“長政の湯”と“お市の湯”という露天風呂がある。
さらに大河ドラマに乗っかって、2階には『小谷山の見える露天風呂付き客室』が出来た。
(興味がある方は、公式サイトでご確認ください→須賀谷温泉)

日帰り入浴可能なので、入りたいなぁ~と思うが今回はパス。

ここからさらに奥が目的の且元出生地
なんだけど、道が二手に分かれていて、どっちを行けばいいか迷った。
勘で、こっちかなぁ~というアバウトな気持ちで自転車を漕ぐ。
少し坂道なので、キツかったが、変速式の自転車で助かった。

すると、神明宮にたどり着く。
合ってた~その場に自転車を止め、徒歩で見学していく。

IMG_0527.jpg
▲神明宮

神明宮は浅井久政が天文十七年(1548)に建立したものと伝わっている。
ダンプカーが駐車してあるよ......あっ、今は人のこと言えないか。

ダンプカーの先には、鐘楼があるのだが、め~っちゃ小さい。
鐘がね。(上の写真右)

IMG_0529.jpg

これは神明宮にある祠?くらいの社殿。
前には燈籠がいくつかあったが、この時は近くで確認しなかった。
今、思えば燈籠にも色々書かれていることがあるから見とけばよかったなぁ~って後悔している。

神明宮が新築ではなく、移築。
つまり、別の場所から移ってきたという話もある。

小谷城と城下をゆく』という本では、
小谷城絵図清水谷(小谷城戦国歴史資料館がある谷)に本神明という字が頻出する。
この本神明と神明宮が同じものと考え、須賀谷地区は清水谷地区の充填に伴い、
久政時代に新たに開発された侍町だと解説している。

確かにプリントアウトして持ってきた図にも清水谷に本神明という言葉がある。
別の本には、武家屋敷地区は清水谷に中心があり、須賀谷地区が補完していたともある。

清水谷だけでは弱いと考えて、東の山麓にも武家屋敷を増やしたと考えられているんだろうけど、
現地にはそういった説明版がないので、困った。

さてさて、ここで観音堂跡・居館跡を探すが、周りには見当たらない。
う~ん、どこだ?キョロキョロしてみたら数本道がある。
正確な位置を調べていなかったので、ここからどう行けばいいのか分からなかった。

あっちっぽいなぁ~と思って、北側に向かってしばらく歩くと、何やら碑がある場所に着く。

あった~

IMG_0543.jpg
▲観音堂跡石積

本尊・観音像は、小谷城にあったものだが、且元が長政の命を受けて持ち帰り、
この地に祀ったと言われている。
その地には現在、石積が残っている。

規模は、そんなに大きくない。
延長4~5メートル・高さ......1メートルあるかないかくらいかな。

そのすぐ近くに、片桐且元公居館跡がある。

IMG_0549.jpg
片桐且元公居館跡

淡海木間攫」には片桐孫右衛門浅井氏家臣として、この地に居住し、
この人物が且元の父だと解説している。

また、元和四年(1618)と推定される「片桐文書」によれば、須賀谷地区は、
浅井久政が且元の父・孫右衛門が中心となって、侍町を立て申すように命じたことから
はじまると言う。

ここに来たとき、ツイッターで「なう!!」と呟いたら、フォロワーさんから
ここからの登山道で小谷城へ行かれるんですか?とリプライをもらった。
ここから小谷城へ......いやいやいや登れないでしょ。
無理無理無理。というか登山道がどこだか分からないし。
(帰ったら調べようと思って、今現在調べていない)

そこから道なりに山裾まで歩いていくと、交差する道路に突き当たる。
ここでやっと、“片桐且元公の里 須賀谷”の周辺案内板が出てくる。
いやいやいや、何でここにあるのよ。もうちと下に置いといてよ。と思ったけど、
突き当たった道路を通って来た人が最初にこれを見る位置に立てたんだなぁ~と
理解した。

とりあえず、現説版に出会えてよかったよかった。
>(前略)
>浅井久政は築城の折、この地を家臣の屋敷地と定め、地名を撰んだ。
>家臣の片桐孫右衛門(且元公の父)は、この山の谷に鷹の巣をかける岩があることから、
>巣ヶ谷と改めた。(今の須賀谷)
>片桐且元公は、弘治二年(一五五六)に生まれこの里で育った後、羽柴(豊臣)秀吉の小姓として仕え、
>賤ヶ岳の戦功を始め、豊臣家の重臣として多大の功績を残し大坂夏の陣後、京都で病死。六十才。
>京都の玉林院に葬られている。
>神明宮は、城主の久政が、天文十七年(一五四八)に建立し、現在は当地の氏神として
>崇拝されている。
>観音堂跡は、小谷城三代の守り本尊である仏様が、落城での難を避けるため、且元公が
>城主・長政の命を受けてこの地に運び降ろし、後ここで祠った堂跡とその石積みである。

いくつかは事前の下調べとほぼ同内容。武家屋敷地の充填なんて話は書かれていない…
守り本尊の仏様はもう残っていないのかが超気になる。残っているなら見てみたい。

須賀谷は当時、巣ヶ谷だったんだなぁ~
情報が古いかもしれないが、『日本城郭体系』には
大洞弁天当国古城主名札」に巣ヶ谷城として浅井下野守の名があり、
且元の父直貞が浅井氏に仕え居住した地とされているとあった。
ということは、直貞の前・巣ヶ谷の時は浅井氏の血族?が治めていたが
その後、片桐家へと渡ったということだろうか。

IMG_0554.jpg
▲片桐且元公頌徳碑

案内板の対面には、片桐且元公頌徳碑があり、この真向かいに
片桐孫右衛門の墓がある。

-合掌-

お墓は、かなり小さく、脇に『片桐且元の父・片桐孫右衛門の墓』となければ、
気づかないような佇まいだった。前に置かれているビンは散乱していたし…

浅井長政自刃の日は天正元年(1573)八月二十八日というのが通説だったらしい。
しかし、八月二十九日の長政書状が見つかり、間違いとされ現在、長政は
九月一日の日に自刃したと言われる。

この書状というのが、家臣だった片桐孫右衛門に宛てたもので、
内容は最後まで篭城して戦ったことに対する感謝状だったという。
これが現存しているらしい。
どこにあるんだろぉ~見てみたい。

書状をもらうほどの働きをしたということは結構、身近な存在だったのかな…
補完と考えられるこの家士屋敷地区を任せていたということならば、
やっぱり浅井氏の家臣の中では、それなりに重要なポストにいたのかもしれない。
でなければ、命じたりしないか…

今回はこれで終了。
元来た道をレンタサイクルを置いた場所まで戻る。

ところで、今回借りたレンタサイクルは、

IMG_0569.jpg

こんな感じ。

至って、普通の外観で、乗っていても全然恥ずかしくない。
それに変速機がついているので、ちょっとした坂道も楽に走れる。

丸亀で借りたレンタサイクルはこっぱずかしかったし、
前日借りた岡崎のレンタサイクルはブレーキがキーキー言って
うるさかったけど、今回は当たりだったので助かった。



To Be Continued...



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