#oshiro/城郭記
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Author:#oshiro
―城郭数寄者
城郭(最近は近世が特に…)と数寄建築・茶の湯が好きで、各地のお城や茶室を巡っています。中世城郭も好きですが、今は写真メインで巡ることが多く、土造りの城より石垣が築かれた城に足を運んでいます。
[注意!!]元々理系なため、文章がメチャメチャ下手糞です。と、ここで保険をかけておきます。



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小谷城-24/山王丸①
#28 小谷城-24/山王丸① 【小谷編】

小丸から上を見上げると、次には曲輪・山王丸が控えている。

IMG_1176.jpg
▲山王丸切岸

こうして見ると、山王丸はかなり高いところにあることが分かる。
小丸の西北隅に上へと登る道があるので、小丸を後にし先へと進んだ。

IMG_1175.jpg
▲小丸から山王丸へと続く道

中丸で解説があったように、大堀切の南と違って、大堀切より北側に
ある曲輪群は上へ上へと行く場合、一つ一つ曲輪を通らなきゃいけない。
1つ突破したらまた1つ難関が…という感じで曲輪が上方へと進むに従って
控えているので、結構攻める側にとっては落としづらい城だったんだなぁ~
と気付かされる。

道の脇を見ると、

IMG_1179.jpg

チラホラと石が顔を出している。ここも石垣もしくは石積み
覆われていたんだろうね。

道を上に抜けると、山王丸の南側に位置する馬出に出る。
それなりに広い場所で人が20~30人くらいは詰められるだろうか。

IMG_1183.jpg
▲山王丸馬出西側から枡形虎口を望む

何やら石垣が見えてきた。
さらに近づいてみると、

IMG_1187.jpg

おいおいおい、すげぇなココ。石垣すげーぞ!!
この舌を巻く規模に圧倒された。

馬出から北側・山王丸枡形虎口を見ていたが、ここで南側の小丸を
見下ろしてみた。

IMG_1186.jpg
▲山王丸馬出から小丸を望む

やっぱり高いな。
改めて、山王丸の高さを認識させられる。
小丸から見上げた時は登れるように感じたけど、これじゃ無理かも。
ここを登ってこようとするのは並大抵の度胸じゃ無理だなぁ…
石垣で覆われていたんなら、登るのはさらに大変だったかも。
野面積みならロッククライミング風に登ってこれなくもないか。

また、枡形虎口を観察してみると、

IMG_1200.jpg

この付近は巨石が多く使われている。本丸石積みは小ぶりだったけど
大広間の虎口・黒金門付近に転がっていた巨石と同等な大きさの石だった。
とにかくここはまた来るから、後でじっくり観察しようと思って先を急いだ。

で、この山王丸には目玉の遺構“大石垣”がある。
この馬出から北の曲輪へとは登らず、大石垣がある場所へと、
馬出を通り過ぎ東の方へと歩いて行く。

IMG_1204.jpg

道中分かりやすいように案内があって親切。
奥へズカズカ歩いていくが、足元を見てみると、

IMG_1206.jpg

道を塞ぐように石が横たわっており、これも山王丸を覆っていたと
思われる石垣の一部だと思った。崩壊?破城?された石なんかな。

その先に待つものは…


大石垣

IMG_1210.jpg

うひゃー!!やっぱスゴい!!写真で見てたときから胸が躍ってたけど
実際見たら堪んないね。ここでもまた規模に圧倒される。

おっと、石垣に先に目が行って解説を読み忘れたので戻ると、

>大石垣
>小谷城でもっとも壮大な石垣である。比較的大きな石を用いた石垣で
>高さ約五メートルを測り、その規模は本丸を上回る。現在は崩壊しているが、
>東面に残る石垣に往時に姿を偲ぶことができる。
(立札より)

うん、壮大って言葉がピッタリ♪
いやぁ~スゴい。ボキャブラリーが貧困なせいか、
こんな感動表現しか表せないのが残念。

数分の写真撮影。そして石垣の周りをウロチョロし始めた。
まずは足元を見る。石垣の手前、山王丸の一番東側に当たるんだけど、
少し広いスペース・削平地があるので、身動きは取り易い。

IMG_1209.jpg

その削平地には、石がゴロゴロと転がっていて味がある。これも山王丸を囲む
石垣に使われていたものなんだろうなぁ~って考えたら、今ある石垣の上に
さらに積まれていた石?とか考えだして妄想が止まらない。

5メートルって言うのは推測なのかな。ここからこの斜面上端までが5メートル
なんだろうか。この大石垣はそれを覆っていたと考えられているなら、足元に
転がっている石らはその上に積まれていたもの?

一番奥まで行き、大石垣の隅石を見てみた。

IMG_1214.jpg

これ、どー見ても算木積みに見えないんだけど…
整形されていないから分かりづらいだけで、これ算木積みなのかなぁ。
よくこんな状態で大石垣が昔の状態で保たれているなぁ~と感嘆した。
滋賀も太古から地震の脅威にさらされてきた場所って聞いたことあるけど、
これだけの石垣が崩れずに残ったもんだなぁ~

小谷山で産出する石灰岩質の石ということで、今までのはそれとは
思わなかったが、確かにここの石はそれを思わせるように白い部分が
露出している。長浜みーなでは、この山で採れる「なしめ岩」が石垣
に利用されていると書かれていたが、「なしめ岩」って何なのかよく
分からない。

とにかくここの石垣遺構は素晴らしいっていうことが一目瞭然。
白い石に苔がむしていて、いい感じに仕上がっている♪

てなことやってたら、ここに長居しすぎたので、山王丸中枢へと
行かなければぁ~と思い、来た道を戻ることに。ここからは上へ
行けないので、さっきの枡形虎口まで戻る。

今回の行軍はというと、下図の黄色の線になる。

sannnoumaru.jpg
▲小谷城山王丸付近図(清水谷にある小谷城図から抜粋及び追記)

下に薄く囲んだ小丸の西段から上に登り、山王丸の南側・馬出に出る。
そこから上に行くと枡形虎口があるが、今回はこれをやり過ごし、馬出の
奥までグルリと回りこんで北へと進むと山王丸東面にある大石垣にまで
たどり着いた。

次回、山王丸中枢へと続く。



To Be Continued...



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