#oshiro/城郭記
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Author:#oshiro
―城郭数寄者
城郭(最近は近世が特に…)と数寄建築・茶の湯が好きで、各地のお城や茶室を巡っています。中世城郭も好きですが、今は写真メインで巡ることが多く、土造りの城より石垣が築かれた城に足を運んでいます。
[注意!!]元々理系なため、文章がメチャメチャ下手糞です。と、ここで保険をかけておきます。



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虎姫
#34 虎姫 【小谷編】

2012/3/8―

虎御前山城へ行くのに、休日の晴れた日で考えていたが、
平日に行かなけらばならない理由を見つけたので、急遽
平日へ行くことに。(理由は後述予定)

青春18切符の期間ということもあり、鈍行にて名古屋から虎姫へと乗り継いでいく。
ちょうど岐阜を過ぎ、関ヶ原に近づいた時、事件は起こった。そう腹痛。
昔からよく腹痛を起こし、トイレへ駆け込むことが多いが、まさかのまさかで
関ヶ原途中下車。

合戦には間に合った。もう少し遅ければ今日の遠征がおじゃんに
なるところで、東照公のように手遅れになることは防げた。
まぁ冷汗はかいたが無事勝ちを得ると、次の電車まで待ち時間が少し
あったので、外に出てみた。

駅を出ると、関ヶ原合戦の陣所跡の案内図があり、それを見て
駅からほど近い井伊直政陣所跡・東首塚を廻り駅へと戻っていった。
話が脱線するわけではなく、本当に脱線してしまった。

で、目的地の虎姫駅に着くと、駅構内をウロつき何かないか物色した。
すると、駅によくあるチラシの中に虎御前山城に関する資料が
2種類あったので、頂戴していった。(2種類あると言っても、
書かれている内容は同じ。紙の色とサイズが異なる。小さい方は
縮小に失敗したのか、パワポで作られたもののせいか文字が全部
入りきっていない。)

その脇には虎御前山城の鳥瞰図があり、信長を始めとする各武将の陣地が
表記されていて、これを見てそのまま登山することも可能だが、自分はこれだけ
では物足りず、虎姫時遊館へ向かうことにした。

鳥瞰図の上には、

P1050407.jpg

これがある。えぇ~と、『虎』つながりでタイガース?
それとも駅長が好きとか?ここ虎姫は滋賀にあるので、一応近畿。
だから、この辺も野球は阪神ファンが多いんだろうか…
いや甲子園へとあるから、この辺の高校球児のためのものかな?

よく分からないまま駅を出ると、周辺案内図がある。
その場所に大きな看板があり、何やらこの地の名物的なものが
あるらしい。

P1050415.jpg

近づいてみると、“おみくじの元祖 元三大師<がんざんだいし>良源御誕生の地
と書かれている。その下には、これについての詳しい説明が書かれていた。

>良源<りょうげん>【延喜12年(912)~永観3年(985)】
>近江国浅井郡三川村(現滋賀県長浜市三川町)に生まれる。母が土地の
>名刹・大吉寺(現長浜市)の観音菩薩に祈願して授かったことから幼名を
>“観音丸"と名付けられた。父母については、諸説あり。12歳で比叡山に
>のぼり、17歳で受戒。藤原氏の庇護を受け、荒廃していた延暦寺の再建に
>努めた。康保3年(966)、第18第天台座主に就任。天台教学の振興、諸堂の
>復興、延暦寺の諸制度を改革するなど、比叡山を学問的にも教団的にも
>かつてないほどに発展させたことから「比叡山中興の祖」と敬われ、奈良
>時代も高僧・行基以来はじめて、「大僧正」の位が与えられた。
>永観3年(985)74歳で没。没後、朝廷から「慈恵」の諡名を受ける、また
>正月3日に亡くなったことから、広く「元三大師」の名で親しまれる。
>「おみくじの元祖」として知られ、今も日本各地で「元三大師みくじ」
>をひくことができる。

ふむ。

「おみくじ」なんて滅多にやらないからなぁ~
「元三大師みくじ」っていうのが、多いのかどうかが全く分からない。
へぇ~そうなんだって思うくらい。

でも、「慈恵大師」の名をもらうっていうのがスゴいってことは分かる。
大師号つって、徳の高い高僧に天皇から贈られる名で、メチャメチャ栄誉
あるものなんだよね。ちなみに昨年2011年が800年大遠忌だった法然上人
この大師号を今までに8つ贈られている。(50年に1度加諡されている)

ちなみにこの良源という人。元三大師でピンと来なかったけど、
厄除け大師”とも言われると聞いて、あぁ~と思った。

よく年末年始に川崎大師のCMがテレビで流れる。あれでは
厄除け大師・川崎大師で初詣をしませんかぁ~みたいな文句が流れる。
だから聞いたことあるっちゃーあるんだけど、川崎大師の厄除け大師は、
“良源”を指さない。大師は大師でも弘法大師を指す。
う~ん、仏の世界は複雑…

現説の脇には、おみくじの解説があり、よくある振ったら
大吉とか凶が出てくるタイプが描かれている。

なんか色々と決まりがあるんだねぇ~
箱の書付は、「大慈大悲観世音菩薩」あるいは「元三大師」と書くべし
なんて命令形になってるし、みくじには100本、第1から第100まで書付るなり
なんて書かれている。というか、みくじ100本も入ってるの?というのが疑問
だったけど…

案内図に従って、先に進みたかったけど、この周辺には面白いものがあって
中々離れられない。普通の人なら、さっさと行っちゃうんだろうけど。

おみくじ元祖の人生誕地だけあって、そういった類のオブジェ?的なものが
多い。“勝利の女神 虎姫"なんて書かれた顔を出す置物や、名水“虎の力水"
などがある。

P1050420.jpg

そのまんまやん。この2人は何が違うのよ。
大吉はおみくじからきたんやね。では、虎吉は…
あ、そうかこの子。生粋の阪神ファンなんだ。だから虎吉なんだ。
うまい事しよる。やっぱりこの辺は野球では阪神の応援をしている
人が多いんかなぁ~だとしたら敵なんだけど。
(自分、巨人ファンなもんで。)

ここから左に行けば、虎御前山城や虎姫時遊館の方向へ行くのだが、
ふと逆方向(右)見ると、像が立っており何かなぁ~って覗いてみたら
虎姫の由来に関するものだった。

IMG_0653_20120411190124.jpg

>虎姫の由来
>むかし、長尾山のふもと、桃酢谷の井筒という泉のほとりに虎御前という
>美女が住んでいました。ある日、道に迷って助けられたのが縁で、土地の
>水利に力を尽くした長者世々開と一緒に暮らすようになりました。やがて
>15人の子どもをもうけますが、生まれてきたのは顔以外がすべてウロコに
>おおわれた子蛇でした。虎御前は嘆き悲しみ女性ヶ淵に身を投げてしまい
>ます。その後、子どもたちは立派に育ち成人する頃には人間と同じ容姿に
>なり近辺の村を治めることになるのです。このころから長尾山を虎御前姫
>にちなんで虎御前山と呼ぶようになり、町の名「虎姫」もこれを由来して
>います。

なんだか切ない内容だった…
御前は女性を指してたんだね。常盤御前巴御前と同じだ。

この話は『近江輿地志略』に書かれた昔話の1つで、「虎御前伝説」と呼ばれている。
日本昔話大成』には、人間と人間以外の動物・精霊・妖怪などと結婚生活を送る
パターンの話が多く見られ、それらを総称して「異類婚姻譚」と呼ぶが、この伝説も
虎御前が人間ではなく蛇の化身であったことをイメージさせるという異類婚姻譚の
1つと考えられるんだとか。(この話まだまだ続きます。)

で、行軍開始っ!!なわけだけど、

IMG_0654.jpg

今回は、マンホールでお別れ。

この町の鳥・セキレイと花・スイセンなんだってさぁ~

あ、さっきの虎御前の笛にとまってた鳥、あれセキレイだったんかな…



To Be Continued...



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