#oshiro/城郭記
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Author:#oshiro
―城郭数寄者
城郭(最近は近世が特に…)と数寄建築・茶の湯が好きで、各地のお城や茶室を巡っています。中世城郭も好きですが、今は写真メインで巡ることが多く、土造りの城より石垣が築かれた城に足を運んでいます。
[注意!!]元々理系なため、文章がメチャメチャ下手糞です。と、ここで保険をかけておきます。



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名古屋城・本丸-1
【名古屋城・本丸-1】

名称未設定-1

今回、述べていくのが名古屋城本丸
さらに黄色枠で囲んだ場所(上図)。

名古屋城の写真と言えば、よく大天守隅櫓
写っている写真(下記)を思い浮かべると思います。

CIMG1716.jpg

西ノ丸から見える西南隅櫓がこの写真に写っている隅櫓(手前の方)です。
(奥に見えるのが大天守)

ちなみに現在、作事中で外観を見ることが出来ません。(平成26年10月下旬まで)

IMG_9476.jpg

下記現地解説板引用、
…傷んだ屋根・壁・基礎などを直すため、柱や梁などの主要な
構造材を残して一旦解体します。…
とある。早くキレイな姿が見たいものですなぁ~

で、作事する以前は、

CIMG1713.jpg

このような西南隅櫓を見ることが出来ました。

―外観二重、内部三階―
外観を見てみると、格子が窓の外になく、内側にあります。
これは将軍家の城に多い特徴と言われています。
(宇和島城天守などは外に格子が出ています。)

出窓下は石落しになっています。
ほぉほぉ、袴型ではないんですなぁ~
ちなみに出窓系の石落しは幕府系の城に多いそうです。
ということは、築城後期に広まったんですかねぇ......

この西南隅櫓は濃尾大地震で倒壊したため、修理されていますが、
そのとき宮内省の管轄だったため、鬼瓦などに菊花紋が見られます。
(申し訳ございませんが、写真がないです。)

さて、「大手馬出」方面から土橋を渡っていくと......

まず見えてくるのが、本丸へ入る虎口となっている表二之門です。

CIMG1723.jpg


高麗門形式の表二之門を正面に見つつ、
土橋を渡っていくわけだが、ここで注意しなければならないことがある。

それは、城とは軍事用に作られているため、仕掛けがあるということ。
土橋を渡る敵に対して攻撃があるわけだ。

表二之門の右を向くと、隅櫓が見える。
これは東南隅櫓で、横矢を掛ける仕組みが出来上がっている。

IMG_9485.jpg

この東南隅櫓は前のめりに石垣が出ていて、
これは出隅と呼ばれる横矢掛けの一種で、左袖とも呼ばれるらしい。

左袖について…
攻撃は左側から行いやすいので、城内から見て左側を突き出す。
逆に敵は、自分の右側を狙われると、心細く感じた。
(城のつくり方図典から抜粋)

とある。ふ~ん、心理学みたいなことは当時もあったんかな?

二ノ丸側から見た土橋と表二之門。

IMG_9491.jpg

他の文献(出典を忘れた)には、
「弓を引く時は、左向きに半身を構えたので、左側から敵を攻撃しやすかった」
とあったので、なるほどと思った。

でも、敵兵が心細くなる理由は分からない......
利き手の方を狙われると心細く感じるのだろうか。
もうちょっと真剣に心理学学んどきゃよかった。

今となっては、塀もなく東南隅櫓隠し狭間と思われるため、
狭間の形状は確認出来ない。
妄想するだけに留めるが、多分鉄砲狭間ではないかと思われる。
鉄砲も左に半身を構えるからね。

ちなみにこの隅櫓の下にも、刻印があります。
ちょっと小さくて確認出来ないかもしれませんが......

二ノ丸側から東南隅櫓を見ると、

IMG_1571.jpg

となっており、これも格子は外にないです。
また、瓦に注目すると「三つ葉葵の紋」が見えます。

名称未設定-1


今回はココまで。

って入らないんかいっ!!っていう突っ込みはなしでお願いしますねぇ~


To Be Continued...



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名古屋城・三ノ丸-1
【名古屋城・三ノ丸-1】

名古屋城三ノ丸は広大な敷地面積で構成されています。

築城された時はもう大砲などを使うような時代でしたから、
城の中枢部が射程圏内に入らないようにするために広くなったと思われます。

それでは、西から順に紹介していきます......

愛知県立図書館の敷地の周りには
土塁・門跡・空堀・石垣が残っています。

図書館から見て南西には「西土居」と呼ばれている土塁跡があり、

IMG_9290.jpg

ここから北へ向けて一直線に伸びています。
特に案内板などは見当たりませんでした。

少し右にそれれば、石垣もあります。
(図書館の南入り口方面に向かって歩きます)

IMG_9323.jpg
IMG_9328.jpg

端部は出隅となっており、櫓があがる予定だったのかなぁ~って
思いました。

図書館南側の出入り口には御園門跡として枡形門の跡がありますが、
現在は枡形としての機能は失われ石垣を残すのみです。

IMG_9334.jpg

御園橋から右方向を見れば、空堀も確認できます。

IMG_9337.jpg

御園門跡にあった石垣の刻印を挙げていきます。

IMG_9357.jpg

卍固め

IMG_9368.jpg

ダブル卍固め

IMG_9344.jpg

団子3兄弟

などなど…

他にも多数あります。是非、訪れたら探してみてください。

また、この図書館駐輪場付近には下記説明版が二つあります。

横井也有出生地(寺社奉行など尾張藩の要職を歴任した多才多能な人物)
大原幽学出生地(江戸末期の農民指導者。一説には尾張藩重臣大道寺直方の二男として生まれたという)

図書館の敷地は、大道寺邸、石河邸があったと言われ、
当時名古屋城の三ノ丸であったことが分かります。


To Be Continued...



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名古屋城/はじめに
【名古屋城/はじめに】

名古屋城......

このお城にはどのような意見をお持ちでしょうか?

コンクリ天守だから嫌、エレベーターがあるから嫌、
他にもいくつか理由があって、このお城が好きじゃない人は多いかもしれない。

でも、お城ってそれだけじゃないよね。

って言っても、一般人には受け入れてもらえない。
残念なことに......

好きな言葉があって、

建造物≠城 (天守≠城)

これを本で読んだ時は、城を一言で表す良い言葉だと思って、
いつも一般人には、この言葉から説明している。

見方が変わったおかげで、この城は自分にとって、
まだまだ納得のいく訪城はできていない。

見方としては大きく分けて、3つあると思う。
(これは個人的な見解)

・建築物(天守・櫓・城門・御殿…)
・土木構造物(堀・石垣・土塁…)
・縄張


他にも立地や歴史・生活の場としてもお城にはあるけど、それは参考書などを読んでもらいたい。

縄張に関しては、賛否両論あるんじゃないかなって思う。

築城開始は大坂の陣の前、
豊臣家包囲網で造られたお城の1つと言われている。

大坂の陣の後は、大きな戦乱もなく、徳川の時代が200数十年続いたのは教科書で習うよね。

つまり、城を役目が終わる直前に築かれたこの城こそ、
城の集大成とも言える構造をしていると思う。

但し、この城は惣構ではないと言われる。
城下町を城域に含んでいないのだ。
(これを憂う庶民の意見が金城温故録には記載されているとのこと。)

完成は大坂の陣の5年後…

つまり、豊臣が滅亡して太平の世が来たため、惣構えにする必要がなくなったとも言われたり、
他に、北の方に関しては馬が入れないほどの湿地帯で、ここを曲輪内に
取り込むのに利点があるのか?というような話もあるらしい。
(これ以外にも都市形成を阻害するという理由もあるらしいが...)

ただ、自分は歴史学者でも史学を学んだ人間でもないので、これから記述するほとんどが
文献などから得た知識だということは分かっていただきたい。

さて、前置きが長くなったが、

このお城については攻城記という形ではなく、各曲輪のセクションで、
まとめていきたい。

何故なら、1番多く足を運んでいる城だから...

なので、下記項目の段階で長期連載していこうと思う。

・本丸
・二ノ丸
・西ノ丸
・御深井丸
・三ノ丸
・馬出関連
・その他


更新しても、これからも幾度となく足を運ぶと思うので、
気づいたら新しく追記されてたりするかもしれません。
予めご了承いただければと存じます。

どうぞ宜しくお願いいたします。



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岐阜城-3
【岐阜城-3(Date:2011/7/2)】

岐阜城攻城の続き2…

※ここからは真面目に、記事を書くことにします。

台所跡から天守を見て、道なりに進むと、
天守台に、着きました。

新しく積まれた石垣の下に当時の石垣野面積みで今も残っています。

IMG_3065.jpg

色が違うので分かると思います。(場所は北西部下段)
実際は、信長時代の石垣だけど積みなおしされたとか...

さて、天守内に入場し、見学......

天守最上階・廻廊からの景色は少し曇っていましたが、素晴らしかったです。

IMG_3075.jpg

写真は長良川方面の景観です。

またここからは、鷺山城も見えます。(この時点では行くつもりでした)

IMG_3070.jpg

100名城スタンプがある資料館へ移動します

IMG_3079.jpg

ちなみに100名城スタンプは受付の方に言わないと出て来ませんでした。
ここには、天下布武印もありますので、是非100名城以外のスタンプも
押してみて下さい。

資料館を出た後は引き返すことにします。

同じ道を戻るのは面白く無いので通っていない道で戻ります。
途中で引き返した橋の方の道を、帰りは通ることにしました。

途中、台所跡とは別の軍用井戸「本丸井戸」があります。

IMG_3094.jpg


天守へ至る尾根東斜面には石垣が良好に残っているので、上を見上げると...

ありました、石垣

IMG_3100.jpg

ということで、野面積み石垣がところどころあります。

そもそも今回の岐阜城攻めでの1番の目的はこれでした...

以前、岐阜城に登城した時は、石垣なんて確認してませんでしたからね...orz
つまり、ここに来る間に見方が変わったということです。
少しは成長したのかな?

行きは見向きもしませんでしたが、二の丸門跡近くに題目塚というものがあります。
斉藤道三から織田秀信までの戦死者を弔って建てられたと言われております。

IMG_3101.jpg

その後は展望レストランの所まで行き、ドリンクを購入...

さて、ここで城跡を後にし、下山することにします。

馬ノ背登山道の山頂付近に石垣があるという情報を得ていたので、
下山は馬ノ背登山道で...

複雑な構造の半壊石垣が、ところどころにあり、
興奮します

IMG_3105.jpg

若いカップルが横を通り過ぎサンダルで下山していきますが、
馬ノ背登山道は、もろに金華山特有の岩山を体験することになります。

最初は、

IMG_3108.jpg

このような感じで、歩を進めていくと、石垣遺構か?と思われる石積みを見つけました

IMG_3110.jpg

さらに下りていくと、もろに岩山を体感していきます。(1人で来てよかったな...)

IMG_3111.jpg
IMG_3112.jpg

岩がゴロゴロ転がっていました。

こんな感じですから......
当然、先ほどのカップルを追い越しましたよ。

ゆっくり写真撮影しながら下りたんですけどね......

さて、麓近くになると、城主脱出用の道として使われていたと言われる
めい想の小径登山道と合流します。

※めい想の小径登山道にも、下り始めてすぐに石積み遺構が確認できると
情報を得ておりましたが、今回は使用しませんでした、次回登城する際に使いたいと
思います。

少し行くと、旧伊奈波神社跡に辿り着きます。

IMG_3115.jpg

斎藤道三が稲葉山城を大改築するまで、金華山中に伊奈波神社は
元々ありました。

そこからしばらく歩けば、三重塔に着きます。
ロープウェイの中でおねえさんが説明してくれる建物です。

IMG_3119.jpg

ちなみにこの建物、長良橋の廃材で作られているらしい...

さて、下りてきたところは信長居館跡

つまり、信長居館跡からめい想の小径登山道・馬ノ背登山道で
山頂まで行くことできるわけです。

ちなみにこの時点で16時......

鷺山城は諦め、「若き日の信長像」を見て帰ろうと思い、探し始めました。
以前、来た時は信長居館跡入り口横にあったと思ったのですが、何故かありません。

博物館前の早馬を取りに戻り、周辺を散策......
なんと、岐阜公園総合案内所の方に移動していたみたいです。

IMG_3133.jpg

※ちなみにこの像と天守を一緒に写せますが、
正直、天守が超小さくなるので載せません。

ここで岐阜城攻めは終了し、早馬を返却しに駅の方まで戻ることにしました。

途中、信長や孫の秀信ゆかりの寺・円徳寺の前を通りますが、精根尽き果てていたので
また次回と思い、その日は終了。

美濃から尾張へ鉄の箱に乗って、帰城いたしました......

次回は、別の攻城記を書きますが、どれを書くかは決まっていません。
気まぐれでUPしていきますので、ご了承いただければと存じます。

最後までお読みいただいた方、ありがとうございました。



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岐阜城-2
【岐阜城-2(Date:2011/7/2)】

岐阜城攻城の続き…


麓の信長居館跡をあとにし、


山頂へ向かうことにした...


麓から山頂へは、

鉄の駕籠という選択肢もあるが、今回は利用しない





男だから...






足軽だし......





いや、足軽なら早馬乗らないね。




で、山頂を攻めるルートは4つ(岐阜公園側からだとね)


・七曲り登山道
・めい想の小径
・馬ノ背登山道
・百曲り登山道



どれがいいか、軍議を開く...




といっても、周りに誰もいないので、


勝手に決めちゃうわけだけど


やっぱ、ここは大手道でしょ~





というわけで、


早速、七曲り登山道へ!!





早馬は博物館前につないだまま、徒歩にて山頂を目指す。


最初の一~っ歩

IMG_3018.jpg


おぉ~雰囲気ただよいますなぁ




この七曲り登山道、斎藤道三が造ったとされ、
戦国時代大手道ということで
選んだわけだが、案外登りやすい




この道には当時の名残があるのだ...

IMG_3022.jpg

※当時の道のふちに積まれていた石が今も残っています。




すれ違う人、すれ違う人に対して身構えるが
城兵ではなく、地元の民か...それとも、他国の民で、
微笑かけてくる。




自分も負けじと、微笑返す






さて、山頂付近に近づいた時、見慣れぬ者たちとすれ違った。





南蛮人だ。





すれ違いざま、






「コンニチワ~」と声をかけられたので

一瞬、心臓が止まりそうになったが、そこは平静を装い、







「Hello~」と返しておいた...





こう見えても南蛮人の言葉は多少心得ている。





ふむ。

この登山道、なかなか親切だ。


というのは、城までの距離を知らせてくれる標がある。

IMG_3029.jpg

※城へ○丁の道標は、正確には城からの距離です。城から一、ニ、三…
 一丁は城から麓までを十で割った距離になります。




なんとも無防備、

いやこれは緊張を与えるためだ





現に、プレッシャーを感じている。





そして、少し歩を進めると、ゴツゴツとした岩が見えてきた

IMG_3033.jpg



ふぅ~




そうこうするうちに冠木門のところに出た

天下第一の門とある

IMG_3034.jpg









門番は...








いない...



天下第一の門が現在あるあたりはかつての三の丸。
関ヶ原の合戦時には、この先にある上格子門との間で
織田信秀と東軍・福島正則らとの激しい銃撃戦が行われたと伝えられている...


さらに上格子門跡に続き…

IMG_3035.jpg



岩がゴロゴロぉ~

IMG_3036.jpg


この付近は倒れた巨石石垣があるんですな。





そうこうしているうちに馬場跡に出る

IMG_3037.jpg









馬は1頭もいない…










さっきはリスがたくさんいたのに...






おっと、

上を見上げると、そこには橋が、

IMG_3039.jpg





あの橋を渡っていたら…

もし、敵に落とされたら…






行軍出来なかっただろう



※ちなみに、これは堀切です。






こっちのルートを進んでおいてよかった






さらに先に進み、階段を駆け上がると、また門に続いている...

IMG_3040.jpg








今度は折れがあり、敵が見えない。




クソっ!!


その瞬間、ここで後ろを振り返る。






なぜなら階段を駆け上がったところは上からの道と合流するからだ

挟撃されないか、心配で振り返ったが







誰もいない







安堵したのも、束の間




うん!?

なんだアレは





こ、これは






石垣だっ!!

IMG_3042.jpg





その奥にはさらに...






秀吉が乗ったという岩がっ!!

IMG_3052.jpg


ここで千成瓢箪を振ったとか振っていないとか

とにかく、ここが発祥の地とのこと。






よし、さっきの場所に戻るか






先の場所に戻ると、二の丸門(模擬冠木門)に突き当たる

IMG_3054.jpg






とうとうここまで来た

さぁ、さらに進軍するぞっ!!






また道が二手に分かれる。とりあえず右に進む...

IMG_3056.jpg




橋を渡りながら、

下を見ると......




IMG_3055.jpg



う~ん、これは竪堀なのかなぁ~!?







ふと、ここで思った

こっちの道には観光客が誰もいない...







少々不安に感じたため、先ほどの二手の道に別れる前の場所に戻ろう

うん、そうしよう





先ほどの分かれ道の前に戻り、左の道を進むことに......






階段を上がると、そこは台所跡






脇道にそれると軍用井戸がっ!!

IMG_3057.jpg


※台所跡の西斜面には井戸が3箇所あるが、
 見学可能なのは一番北の井戸のみ。




ここで喉がカラカラなことに気づく...

飲みたいのに、飲みたいのに








金網が邪魔










さて、脇道から戻り、数歩進むと..............






やっとこさ、天守が見えた...

IMG_3058.jpg




白く、まばゆい





さらに行軍は続く…






To Be Continued...



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